初音ミクと歌の芸術性

芸術を「表現された良いものと、その表現を行なった人間の技への称賛」だとすれば、実写よりアニメの方が手法としては芸術性が高いと言える。これは写真より絵画の方が一般に芸術的と見なされるのと同じ。実写は、神様から与えられた(人間が作ったものでない)体や顔、自然背景を使って撮影する。そこには人間の技がない(もちろんフレーミングや脚本などは人間によるものだが)。それに対してアニメでは全ての場所に人間の意図と手が使われている。私は、アニメで安易に3Dモデルを使ったりモーフィングを使ったりされると興ざめしてしまう。

…なんてことを考えていたときに、ひょこっと初音ミクなるものが現れて、ちょっと考えさせられた。

人間に歌われる作品としての「曲」と、誰かがそれを歌った結果である音声としての「歌」は違うものだ。良い曲は、曲自体として芸術的なもの、と言っていいだろう。それに対して歌は、誰かうまい人が歌ったものであるときに芸術的となる。その歌い手の歌唱力は、一部は天与のものだろうし、一部は努力の賜物だろう。

さて、初音ミクだ。彼女はそのままの状態では歌がかなり下手らしい(笑)。そこを、人間がパラメータをいじることでうまく歌わせるようだ。人間並みに歌わせるだけでかなり難しそうだ。しかも彼女自身は表現すべき感情を持たない。歌で何かを伝えて感動してもらうためには、そのように人間が頑張らなくてはいけないわけだ。

これは実写とアニメの対比に似ている。人間の歌い手は俳優に相当する。努力はする。が、天から与えられたものも多い。アニメは、声優の声は別なのだが、他の部分は人間が作ったものだ。初音ミクもそうだ。人間の歌に比べて、人間の技で作られる部分が大きい。

何が言いたいかっていうと、つまり初音ミクは、「曲」ではなくて「歌」の芸術性を高めるひとつの方向を示しているのではないか、ということ。

ニコニコ動画に上がっている初音ミクの歌は、必ずしも曲として完成度が極めて高いというわけでもないし、歌はやっぱり人間に比べてうまくない。もっと腹から声出せよ、って言いたくもなる。(無理だって。)それでも、ある人はこの歌がいいと言い、別の人はこの歌に感動する、と言う。それはなぜか。人間が歌った「歌」にはない、「歌」の芸術性の高さ、別の言い方をすれば、作者が表現したいものがより純粋に(自然や偶然の力を借りずに)作者の技を通して伝わってくることを、聴く者が感じるからではないだろうか。

初音ミクは、アイドルの観点からも、演劇の役割(これまたアニメと関係ある)との絡みで考えてみても、いろいろと面白いところがある。見守って行きたいものだ。

しかし、いやぁ、いい時代に生まれたわ。